チェリスト佐藤智孝

ロストロポーヴィッチが若いころ、目標というか理想のチェリスト像とし、『カザルスの解釈にフルニエの気品を併せ持つチェリスト』と思っていたというのを何かで読み、へ~と思ったのを覚えている。

チェロのイメージを覆し、すべてのチェリストから敬愛を受ける偉大な人でも、先人たちに理想の姿を見ているのに少し驚いたのだ。

私が好きなチェリストはモルクと書いたが、それがそのまま私の理想のチェリスト、目標とする姿かというと、それは少々違ってくる。

モルクの演奏を聴くと、とても幸せな気分になるし、音楽に惹き込まれるし、ああいう音がだせたらな、といつも思う。

その大好きなモルクと目標が違ってきて、私の理想像がぼんやりと見えてきたのは、最近のことではないが、かなり昔というわけでもない。

それはシュバヴ先生と出会い、チェロの常識を覆すヴィヴラートを聴いた時からと言ってもいいかもしれない。

シュバヴ氏との出会いはすでに”恩師との思い出”に書いたが、もう少し具体的に言うと、堤剛先生のマスタークラスに参加した際に『今後どういう風なチェリストになりたいのか』と何やら哲学的な質問を受け『私は音楽を左手で作ってる人、少々ヴィヴラートに頼りすぎてる位の人が大好きで、自分も左を磨きたい。』と言ったところに始まる。

『何かあなたのお気に入りの人がいるわけなんでしょ、それを言って御覧なさい。』とおっしゃる堤先生に、何故かテレながら挙げた2人のチェリストのうちの一人がモルクだった。

『確かにモルクはそうだね~』とおっしゃり、私のヴィヴラートにアドヴァイス下さった後に、堤先生から『この人を知ってるか』とでた名前がシュバヴ氏の名前だった。

因みに私が挙げたもう一人はシャフランで、これに関しては『えっ、シャフランは・・・ちょっと違うんじゃない?』という意味深なコメントを頂戴した。

さらに余談になるが、NDRのソロチェリスト、G氏と雑談した際、私が『シャフランが好き』と言ったところ、突然ご機嫌斜めになり、『シャ、シャ、シャーフーラーン?じゃーお前は私の演奏好きじゃないはずだ!モウ私の所には来るな!』と言われた事があった。

ロストロに倣った訳ではないが、以前私は毛利先生のヴィヴラートにバルトロメイ先生のボーイングを真似たい、身に付けたいと思っていた。

名伯楽毛利先生のヴィヴラートは本当に多彩で、レッスンでお手本を示してくださる度に、そのロマンティックなヴィヴラートにため息をついたものだった。

バルトロメイ先生の右手は神業のようであり(ヴィヴラートも勿論多彩!シュトラウスのソナタ、3楽章の冒頭のヴィヴラートの変化は舌を巻く)、私にはとても真似出来ないな、と思っていたのだが、入門から1年過ぎた辺りに教えて頂いた練習方法は非常に効果的で、何故最初っからこの独創的な練習方法を教えてくれなかったのだろう、、、と不思議に思いもしたし、先生の神業も努力と独創の賜物なのかと思うと、少し嬉しくなった。

因みにバルトロ先生は自分だったらどのように演奏するか、解釈はオープンに教えてくださったが(ただ音楽性、想像力豊かで言う事は毎回違った)、テクニック、特に練習方法は企業秘密になさる時があった。私もバルトロ先生に教わった練習方法は絶対誰にも教えないと思ってるけどね。。。

そしてシュバヴ先生と出会うのだが、先生と出会い、私は銘器が欲しいと強く思わなくなり、演奏は結局腕だな、音は自分で作るものだなと思うようになった。

勿論誰かが『素晴らしいチェロがあるが、残念ながら弾き手がいない。そこであなたにこの銘器を貸与するから演奏して欲しいのだが』と言ってきたら喜んで借ります。。。。  

先生の家にはチェロが15-20台位あるのだが、どの楽器を先生が弾いても受ける印象は同じ、『うわっ、イヤラシイ!』

これは、レッスンの際生徒の楽器を取って弾いた時も全く同じで、とにかく音がイヤラシイ。

面白いことに開放弦ですでにイヤラシイ。

どの楽器を弾いても全く同じ印象を与える先生を見た私は、考えがかなり変わった。

更にレッスンは独創的というか、右も左もそれまで習ってきたやり方とはかなり違うものだった(内容は秘密)。

それは帰国し、毛利先生のレッスンに行った際、”色んな事、沢山の事を仕入れてきた。”とコメントされたのに表されていると思う。(肝心要の事は何も変わっとらん!と、とっちめられもした。)

音だけをとれば、シュバヴ先生の音は私の目標で理想に近い。

そして、個人的には熱い左手にエレガントな右手で、多彩な音色と想像力を駆使し、情熱的な演奏をするチェリストと、一度でいいから言われてみたいと思っているが、誰も言ってくれない。

毛利先生に『こういうチェリストになりたい!』と言ったところ、絶句した後(理由は不明)、苦笑し(突発性笑い上戸?)、『一つずつクリアしていきなさい。』というコメントを頂戴した。

因みにこの理想像は、3人の恩師の演奏姿にぴったり重なる。先生方の演奏を聴く度、レッスンでお手本を示して下さる度、その演奏に私の理想の姿を見ていた。

『ヘビにでもチェロを弾かせ、音楽を奏でさせることができる名伯楽』と称される毛利先生(私が称したのだが)に師事していれば理想に行き着けると勝手に一人、私は安心しています。

今後の人生で、自分の考えを根本から変えるような人に出会うか、出会えるか、、、20世紀にロストロポーヴィッチ、ヨーヨーマが現れ、世間をあっといわせたように、新星が現れるか・・・ 

チェロを立奏する方やばよりんのように構えて演奏する人が出てきたり、移り変わりが早い世の中だが、私は尊敬する不変の師の背中を追い続ける日々。。。です。

トップページに戻る↓↓